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徒然なるままに

トミーウォーカーのオンラインゲーム、【シルバーレイン】のキャラクターページ。

【2009年度・卒業旅行/帰省編】

●卒業旅行
 それぞれ目的を達成した処で、別行動を取っていた軍艦島組と観光組が合流する。後者について補足しておくと…海水浴場から近いこともあって、ゴースト戦を終えたばかりの軍艦島組が宿へ到着した頃には、十分にくつろいだ後のことだった。

「治療は…あまり必要無さそうですね。具合は大丈夫です?」

 友梨がざっと見たところ、深手を負った様子は見受けられない。所々、擦り傷や刀傷は目立つものの、それらはヒーリングヴォイスを使えば概ね問題無い範囲と言えた。
 …もっともそれは、彼方や響が一生懸命アビリティで回復してくれたお陰なのだが。

「一応、竜一君の手当てをお願いしますね。」
「ん…裕理子さんもだよ~。」

 表面上の傷を癒したとは言え、未だに腕や足を不自然に動かす二人の様子を彼方は見逃していなかったらしい。友梨が回復してくれるというのなら、ここは一つ素直にお願いした方が良いだろう。

「お仕事お疲れ様でした。皆様が御無事で何よりです。」
「ねえねえ、向こうはどんな感じだったか聞かせてー!」

 軍艦島組の傷を改めて回復させたところで棗が労いの言葉を掛ける。
 対象的に理代は、事件や軍艦島であった出来事の方に興味が強いらしい。
 目の前に用意されていた夕食をつつきながら質問を投げかける。

「慌てなくてもゆっくり話してあげるよぅ~、理代ちゃん。」
「そうねぇ…でも何処から話せば良いのかしら?」

 観光組の視線が洋恵と千乃に集まった。
 ここはやはり、軍艦島へ上陸した直後から順を追って話すべきだろう。
 島へ行った者達…合計七名の口から次々と真実が語られる。

「そうか…結局、現れたのは1体だけだったんだな。」
「でも、一緒に参加したツアー客に犠牲者が出なくて良かったですよ。」

 翔が考え込む一方で、宿禰は安堵の表情を浮かべた。もしツアー客に犠牲者が出ていたのであれば、それはそれで大事になっていただろう。料理を口に運びながら、ようやく料理のレシピをメモする作業に集中できそうだと宿禰は思う。

「謎は色々と残ったんだけどねー。そっちはどうだったんだい?」

 野菜やデザート類を大量に摂取しながら響が観光組に尋ねる。
 どうやら彼女は、肉類をあまり食べる事が出来ないらしい。

「こっちはこっちで楽しませてもらいましたっ!」
「俺はずっと運転しっぱなしで疲れたぞ…。」

 姫菊が敬礼でもするかの勢いで、車中での出来事や観光名所の様子を話した。
 こっちは特にゴーストと遭遇することもなく、楽しい一時を過ごしたらしい。

「御神刀事件の資料館にも行ったんだよー。」
「平和公園では切なくなったけどな…。」

 と、語るのはレイと明彦である。
 彼らが行った時間帯ではまだ事件は解決しておらず、件の御神刀も戻っていない状態であっただろう。だが…今後、資料館側としても直ぐに展示を再開するかどうかは微妙なところである。寧ろ事件の再発を警戒して、数日間は様子を見るのではないだろうか。

「そう言えば、件の刀はどのような物だったのでしょうか?もしかして…。」

 『大帝の剣』のメガリスゴーストだったのか?と、棗は言いたいのだろう。
 先程の情報交換で、既に御神刀は資料館に戻ったと聞いたが、敵の正体については戦闘が終了した今も判明していない。予報士の力による恩恵がいかに重要かという事を、改めて認識せざるを得ない瞬間だろう。

「メガリスゴーストと元能力者の成れの果て。…と考えはしたが、どうだかな。」

 自身に問いかけるようカタナが呟いた。
 敵の正体は最後までわからなかったが…複数の人間が改めて対峙したことで、ゴーストの顔や身なりといった情報は手に入った。今後、捜索届の出ている者や行方不明者などをターゲットに調査する事は可能かもしれない。

「特殊空間を使ったという事は、地縛霊の可能性が高いとは思うのですが…。」
「…特徴である筈の鎖は見当たらなかったんだよねぇ…。」

 語尾を濁した竜一の発言に、千乃が意図を察して補足した。
 因みに…彼女はちゃっかり自分の食べる分をキープしていたりする。今回は珍しくフードファイトにならないようだが、隙あらば誰かに取られる可能性は否定出来ない。極めて賢明な判断だと言えるだろう。

「ん…今回の怪異は、あれで終わりとは思えないね?」

 今後の事を考えながら彼方はご飯を口に運ぶ。
 刀や死装束にまつわる怪異の話自体は聞いた事があるのだが…彼女自身、今回のケースにピタリと合致するものをイマイチ思い出す事が出来ない。今度、実家の社にでも帰って古い文献でもあたってみようかと考える。

「まあ、そうなんだが…一先ず、俺達に出来るのはここまでだな。」

 部員達にも、それぞれに日常がある。
 いつ来るか分からない敵を相手に、軍艦島に常駐する事は流石に出来ない。そもそも、夏季合宿をわざわざ卒業旅行と言う名目に置き換え、更に観光組と軍艦島組に分けてまでカモフラージュした真の目的は、事件のことを表沙汰にしたくなかったからだ。
 今回と同じような芸当は…そうそう何度も出来ることではない。

「そっかー。色々と大変だったんだ…。」
「次に事件が起こったら、所員総出で臨んだ方が良いかもしれませんね。」

 話を聞いて、段々と実感が込み上げてきた様子の理代が感想を述べ、今回の事件を締めくくるかのように澪が最後に改善点を指摘した。
 あらかた事件のことを話し終えた一行は、次第に食べることへ集中し始める。特に軍艦島へ行った者達は昼飯をロクに取っていなかったこともあり、全員分の料理が消費されるのにさほど時間は掛からなかった。


●Saturday Night Fever
 夕飯を食べ終わった一行は暫く思い思いの場所へ赴き、それぞれの時間を過ごす。
 時刻は更に進み…周囲はすっかり夕闇に包まれ、夏独特の虫の鳴き声が響いている。

「皆は背もあるし筋肉もあるし、いいよねー。」

 民宿にある露天風呂から帰ってきたレイの表情は…何故か浮かなかった。
 筋肉が欲しいのか?という疑問はさて置き…おそらく、自身の体格を他の者達と比較したのだろう。改めて見ると、今回卒業旅行に参加した男達は、その殆どが180センチを超えている。レイが羨ましく感じるのも無理はないだろう。

「私は逆にもう伸びなくていいんだけど。」

 と、語るのは姫菊だ。
 彼女達の雑談から数分後…既に定番となったアレの時間がやってくる。

「恒例の枕投げだ!覚悟しろよ!!」
「受けて立つよ~、勝負事は負けたくないもんね~。」

 おもむろに枕を構えながら清流が宣言した。
 彼の前に立ちはだかった千乃は余裕の表情を浮かべる。
 どうやら準備は既に万端らしい。

「…ふふふ、それはこちらの台詞。今宵こそ覚悟するが良いです!!」

 前年度の如く、清流と友梨の二人が激しく睨み合いながら対峙した。
 1年の沈黙を破り…長きにわたる決着がようやく着くのだろうか?
 それは―――誰にも分からない。

「話には聞いていましたが…。」
「やっぱするんだねー、枕投げ。」

 今まで様子を見ていた竜一と響が呟いたところで、ゴングは鳴らされた。

「きゅ~。」

 …開始して数分後。
 レイは流れ弾ならぬ流れ枕に当たり、早々に轟沈していた。

「いやいやいや、早すぎるだろう!」

 思わず突っ込みを入れる翔であったが…その声は既に届いていない可能性が高い。
 きっと夏の暑さに加え、船に揺られた事で予想以上に体力を削られていたのだろう。
 しかし…彼らの事などお構いなしに枕は宙を飛び交う。

「潮風に当たると疲れる、といいますからね。」

 話しながら飛んできた枕を澪は最低限の動きで横に避けた。
 これも青刀などの強敵と戦ってきた成果だろうか?
 混戦と化しているこの状況で、彼女は比較的冷静さを保っている。

「私だって負けないよ!えーい!!」 
「誰だろうが容赦しないわよー!」

 理代と姫菊の投げた枕が、お互いにぶつかり合う。

「俺だって…やる時はやる!」

 と、明彦は言うものの…女性陣に対しては、イマイチ全力で投げられないらしい。
 余談だが、今回の卒業旅行では7:10で男性陣の方が少ない。勿論、枕投げに参戦している者達の人数だけを考えればこの限りではないが、このような甘い考えを持っていては確実に餌食となるだろう。

「僕だって男です!一気に畳み掛けましょう!!」

 そう言いながらも、次第に混沌と化していく情勢に宿禰は不利と判断する。
 先ず足を開き…腰を落とした彼は、素早く動けるよう一度撤退の姿勢に入るが…。

「逃げようとしたって、そうはさせません!」
「…なっ!?」

 何時の間にか背後に立たれていた友梨が宿禰にヘッドロックを見舞った。
 どうやら彼の逃亡作戦は失敗に終わったらしい。

「やれやれ、ノド乾いたぜ。」

 部屋に戻ってきたカタナが転がっていた枕を適当に蹴り飛ばした。特に狙いは定めていなかったものの…唐突に宙へ放たれたそれは、なかなかの勢いで清流のテンプル位置にぶち当たった。昼間にも似たような事があったな、と何人かは思ったに違いない。

「カタナー!お前どっちの味方だー!?」
「フッ…俺はどちらの味方でもない。俺は俺自身の味方さ。」
「格好良さげな事を言って、適当にごまかすな!」

 清流・カタナ・翔が三つ巴の状態で、それぞれ枕を手に投げあった。
 もうすぐ二十歳を迎えようという大の男三人が年甲斐も無く、だ。

「ええい、五月蝿いわ!このデルタ・阿呆どもがー!!」

 備え付けの冷蔵庫からドリンクを取り出しながら洋恵が一喝した。
 手にしている缶は細長い上に内容量が少なく、そして値段的に微妙なのだろう。

「おねえちゃん、落ち着いて~!」

 実戦さながらの体で枕を投げる洋恵を千乃が必死に抑えようとしていた。
 余談だが…ホテルや民宿にある冷蔵庫は中にあるドリンクを巡って様々な争いが起きるケースが稀にある。小中学生の頃に修学旅行等で担任から「冷蔵庫の飲料は飲むな」と言われて育った者もいるのではないだろうか?旅先でつい冷蔵庫に手を出してしまう者は、少なからず…果たせなかった遠い日の欲望を内面に抱えていると言って良いだろう。

「それはそうと…皆様、花火でもいかがですか?」

 枕投げが落ち着いたところで、棗が全員へ声を掛ける。
 手に持っている袋を察するに、近くのコンビニエンスストアで花火セットを購入してきたようだ。まだ火に対する恐怖心は完全に拭えないようだが…彼女なりに努力を積み重ねてきた結果が一つ実った、ということだろうか。

「花火をするのも随分と久しぶりな気がします。」
「たまにはこーいうのも悪くないかもね。」

 小さな花火を手に持ちながら竜一と響が感想を述べる。
 枕投げも悪くはないが、夏の定番と言えばやはりこちらだろう。

「たーまやーー!!」

 ラストには大きめの打ち上げ式花火に着火し、盛大に夜空を彩ったのだった。
 やがて…花火を楽しんだ一行に休息の時が訪れる。

 そして翌日―――。

「長かった合宿もこれで終わりですね。」
「色々あったが、終わってみればあっという間だったな。」

 帰りのフェリーで次第に小さくなっていく対馬の島々を見ながら友梨と翔が呟く。
 翔に至っては、部から初参加だった事もあり感慨深いものがある様子だった。

「次に来る時は、ゴースト無しで楽しみたいものだわ。」
「その時は一緒に流星号かランクルに乗れるといいね~。」
「ランクルならいつでも出せるわよー。」

 千乃と姫菊のやり取りを見て、洋恵は「そうね」と一言だけ口にする。もしかしたら…ここには居ない赤毛の青年の事を考えているのかな?と、何となく千乃は感じた。

「そういえば…彼方さんは進路の事を考えていますか?」

 少し前に自身に向けて発せられた問いを、今度は竜一自身が口にする。
 あの時…自分は「進学しないと思う」と答えた。
 彼女の場合、どのような解が返ってくるか…何となく気になったのだ。

「将来の事はカナタも考えているけど…。」

 やや語尾を濁した彼方は、一呼吸置いた後「無力さを嘆く事がないよう力を付けたい」とだけ口にした。

「みなさん、最後に一枚いいですか?」

 残り少なくなったSDカードの容量を見て、宿禰が全員へ声を掛ける。
 前年度と同じように皆との写真を撮ったところで、残量は丁度ゼロとなった。
 もし出来上がったら、きっとまた道場のボードにでも飾ることになるのだろう。

「…また、いつか。」

 最後に裕理子は、もう見えなくなった長崎の方角を振り返り小さな声で呟いた。
 その声は風に掻き消され、誰の耳にも届くことは無かっただろう。
 また一つ…試練を乗り越えた部員達は、無事に鎌倉へと帰路に着く。

 こうして―――三周年を迎えた居合道部の卒業旅行は静かに幕を閉じた。


●銀誓館学園・居合道部


「おい、手空いているヤツいるか?…コイツをホワイトボードに貼っておいてくれ。」

 不意に道場へ入ってきた誰かが言った。
 やや乱雑な様子で、妙に薄い封筒を机の上へ投げてよこす。
 気の所為か…やけに表面上の様子は埃まみれで古めかしくなっている。

「これは一体何ですか?」
「ん…とりあえず開けてみるんだよ。」

 たまたま道場にいた女子部員達が、のんびりした様子でゆっくりと開封していく。
 どうやら中身は紙のようで、まるで重さというものが感じられない。

「お、これは合宿の時の……って訳でもないか。」
「また随分と古い物ですね…。」

 封筒の中に入っていたものは、一枚の集合写真だった。
 察するに…現像のし忘れでもあったのだろうか?だが、袋の状態から推測すると…現像はしたものの、何かの下敷きになってずっと忘れ去られていた、というのが正確な所ではないだろうか。

「まあ、いいんじゃない?それじゃ、ボードには貼っておくから。」

 新しくホワイトボードに加わったそれは、いつ撮影したかも既に覚えている者はいないだろう。事実…映っている顔ぶれも、今となっては随分と変わってしまっている。だが…写真という媒体が、その時の楽しかった記憶を少しでも思い返すことの出来る材料となるのならば、それはそれで一興だろう。

 約一年半の時を経て…遠い日の残り香が、ようやく今年の列に加わった。


●白屍の軍勢
 その後…誰も居なくなった筈の軍艦島で影が舞い落ちる。
 それも一つではない。
 だが、島の守り神と呼ぶには酷く不恰好で、なお且つおこがましい存在だった。

 ―――数日後。

 卒業旅行から帰ってきた部員達に衝撃のニュースが飛び込んでくる事になる。
 それは…直接関わったゴーストハンター派遣事務所の所員のみならず、居合道部に所属する全ての部員達へ伝染するかの如く伝わっていった。おそらく家でテレビを見ていた者ならば、すぐに例の事件との関連性を見出したに違いない。

『次のニュースです。長崎県端島で崩落事故が発生し、ツアーで来ていた観光客数名が巻 き込まれ亡くなられました。現在、原因を究明している所であり―――』

 報道は一時、特番が組まれるほどの過熱ぶりを見せるが…時間とともにそれらは少しずつ沈静化していくように見えた。勿論、これは表面上での話である。しかし…何らかの力による影響で報道規制が布かれただけに過ぎない事は想像に難くない。

 居合道部の三周年目にして、ついに犠牲者が出た―――。
 
 かくして…怪異の幕は再び上がる。

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【2009年度・卒業旅行/観光&軍艦島編(下)】

●御神刀事件の資料館
 対馬諸島には大きく分けて二つの港がある。
 どちらも対馬にとって貴重な外界との接点ではあるが…その主たる目的は漁業であり、人の運搬となると、それ自体を生業にしている企業は少なくなるらしい。
 また、船への入島は本来いくつもの島を経由しなければならない為、比較的、最近出来たという空路を使うコースがこの島への一般的な入り方だと言えるだろう。

「おーい、生きてるか~?」

 フェリーの甲板で、やたらとでかい清流の声が辺りに響いた。
 前年度の移動では船酔いに倒れたものの、今回は事前に酔い止め薬を飲んだようで彼の顔色は平常時と変わっていない。だがしかし…居合道部では毎年、集合場所や移動中に倒れる者を出している。たとえ清流が無事だったとしても…それは例外ではない。

「船は………嫌い。」

 甲板のベンチでくってりしながら、レイがダウンしていた。
 もし…彼が今ダイイングメッセージを残すとしたら『フェリー』と書くに違いない。

「レイが船に弱いとは知らなかったな。大丈夫なのか?」

 彼の体調が気になったらしく、翔と明彦が階段を上ってやってきた。
 今まで船内の様子を『探検』と称して、見て回っていたのだが、あらかた見終わってしまったのだろう。今回、移動に使用しているものは、車こそ積めるものの…学園が所持するような特注船舶という訳ではないのでお世辞にも大きいとは言えない。

「冷たかった、ですか?でも気持ち良いですよ。」

 通りがかった棗が、予め用意していたペットボトルをレイの首元に当てた。急な不意打ちに一瞬驚きはしたものの…タオルが巻かれたそれは適度に冷たい温度を提供してくれるようで、レイは有り難く受け取ることにする。

「どうしてもやばくなった時は、こっちですね。」

 今までのんびりと島の景色を眺めていた友梨は、一つのゴミ袋を差し出した。
 流石にそこまでマズイ状況ではないと思うのだが…とりあえず念には念を、と言うことだろうか。まあ、使わなければ部員達が出した、お菓子の袋とか空き缶とかを入れて、一般的な用途として使えばよいのだろう。

『曰く、船酔いは寝不足が一番の原因です。夜更かしは駄目ですよ?』

 前日に宿禰が全員に出したであろう、メールの内容をレイは朦朧と思い出す。
 夜更かしはしていないのだが、自分の体質なのでこればっかりはどうしようもない。

「補足しておくと、対馬まであと30分くらいは掛かるぞ?」

 翔曰く、もう暫くは船に揺られる事になるらしい。
 今回は特別便を出して貰っているため、通常より移動時間は短縮されているものの陸に上がるまでは辛抱が必要だろう。携帯電話のディスプレイに映った時刻を見て、レイはため息を一つ吐いた。


「ここが例の資料館ですか…。で、先輩はここから通話していたと。」

 澪が『館内は静かに』とか『携帯電話禁止』などといった貼り紙を見ながら、今も立入禁止となっている展示コーナーに目をやる。ゴーストハンター派遣事務所で話を聞いた通り、周囲のガラスは無残に砕かれ…今も閑散とした雰囲気が広がっている。

「無事に御神刀を取り返す事が出来ればいいんだがな…。」

 展示物を見ながら翔が呟いた。
 どうやら…ここの資料館は地元に密着したタイプのようで、大昔の誰が書いたかも分からない手紙や武具といった金属類が後生大事に収められているようだ。こちらも話で事前に聞いていた通り、収納されている資料数は多くないように見える。

「軍艦島へ向かわれた方々は大丈夫でしょうか?」

 段々と心配になってきた様子の棗が一計を案じる。
 通常の依頼であれば、大なり小なり敵の正体が判明しているのだが…今回はあまりにも情報が不足している。敵の正体が分からないという事は、能力・戦力ともに不明という事であり、対策を講じる事も難しい。

「それは俺も思ったが、あの面子なら大丈夫だと思うぞー。」

 似た考えを持っていた清流が棗の疑問に応える。
 今、軍艦島に上陸している者達は、部の中でも屈強揃いの猛者達だ。必ず何らかの成果を上げて帰ってくるだろう。むしろ軍艦島で暴れまくって、本当の意味で廃墟にしてしまわないか…そちらの方が心配である。

「ふむふむ、色んな資料があるね~。これなんかかなり古いかも。」
「積み重なった歴史が今現在を作っている証拠だね。」

 理代とレイが展示されている古いおわんだの、わらじだのを見て感想を述べた。
 レイの方は既に船酔いから回復したようで普通に資料館を楽しむ事が出来たらしい。
 …一通り館内を回った一行は、続いて次の場所へと向かう。


●神社巡りと海水浴場
 観光組が次の目的地と定めた場所は、『木坂海神神社』と呼ばれる古い神社だった。
規模こそそれほど大きくないが、周囲を緑に囲まれ、ひっそりと佇む社殿は何かしら神秘的な力が、この場所に働いているような…そんな雰囲気を醸し出していた。

「ふぅ、緑が気持ちいいですね。」

 鳥居をくぐり参拝へと通じる道を歩きながら、友梨は森林浴を軽く楽しむ。
 見せてもらったパンフレットによると、近い内に大祭があるようだが…今回は残念ながら日付が合わなかったらしい。今はひっそりとしているこの場所も、祭りともなれば舞ややぐらが出て賑わいを見せるのだろう。

「確か二礼二拍手一礼でしたね。」

 宿禰の礼法に倣って、何人かが一緒に手を合わせた。
 どうやら彼は日頃から神社と縁があるらしく、こういった儀礼には詳しいらしい。

「出世に福招き…豊穣の海が近いとこのような御神籤があるのですね…面白いです。」

 参拝を終えた棗は、境内の隣に設けられた小さな授与所に立ち寄った。
 御守や御神籤、破魔矢といった物が丁寧に並べてあったが、今回は御神籤を一つ選んで記された内容を確認する。その言葉をじっくりとかみしめた後、丁寧に鞄の中へ仕舞い込んだ。どうやら御土産として持ち帰るらしい。
 ここでの目的を達成した一行は、次の神社へ行くため、再び車へと乗り込む。


「軍艦島へ行った者達が無事に帰ってきますように。」

 『和多都美神社』に到着した一行は、ここでも同じ礼法で参拝を済ませる。
 手を合わせて明彦が願うのは、部の仲間達の安否だった。

「実際に竜宮城に行った所為か、不思議な気持ちですね。」
「う、思い出しちゃった…。」

 何でも満潮の時は社の近くまで海水が入り込み、その様が龍宮を連想させるらしい。
 現在は潮が引いている時間帯であるため、普段は近づく事の出来ない三柱鳥居もこうして拝むことが出来るという訳だ。以前、学園で起こった戦争を思い返しながら、澪と理代は静かに佇む鳥居を見上げる。あれはもう…二年前の出来事だ。

―――カシャリ。

「(ちゃんと事務所に貼って置かないといけませんね。)」

 周りの風景と一緒に、宿禰はその様子をデジタルカメラに収めた。
 先程、車内でSDカードを取り替えたばかりなので、まだまだ容量に空きはある。

「神話の時代と現代をつなぐ依代…矢張り日本文化は素敵です。」

 神社にいた禰宜の話を聞きながら、棗が感心したように呟く。
 一般的に伝わっている神話と現実にあった出来事は大きく異なるのだろうが、その時代に在った文化までは否定出来ないだろう。ここでも御土産を手に入れた彼女は、最後にもう一度だけ社殿を振り返り、静かにその場を後にした。


「今まで忙しかったからなぁ…心が洗われる~♪」

 これまで運転しっぱなしで、見えない疲労が溜まっていたのだろうか。
 休憩がてら車を一旦停車させた清流が、外に出て大きな伸びをする。彼らが今いる付近は鳥見公園と呼ばれており、散策がてら少し歩けば島独自の野鳥の群れを簡単に見る事が出来る場所だ。

「大体こんな感じかな?」

 明彦は早速、近くの木々に携帯電話を向けて写真を一枚撮ったらしい。
 よく見ると画面の中央付近に小さな青色の鳥が写っている。

「ゆっくりしたい所だけど、そろそろ出発よー。」

 鳥見公園では確かに野鳥の群れを見る事が出来るのだが…逆を言えば、それ以外に何かしら特別なものがある訳ではない。釣竿でもあれば、近くの川で釣りを楽しむことも出来たかもしれないが、残り時間も少なくなってきている。
 特に見る物が無くなった彼らは、ほどなくして再び車を発車させた。


「遊びで泳ぎに来るのも久々だな。」

 目の前に広がる透き通った海を見つめながら、翔が感慨深げに述べる。
 この海水浴場は宿泊予定の民宿から非常に近いため、もう移動の心配はいらない。
 遠くに見える軍艦島を一瞥しながら、首をぐるりと回すと…。

「さぁ、みんな暴れるんだ!騒ぐんだ!!」
「う――み―――、いぇぇぇい!!」
「……って、二人とも準備運動は―――。」

 姫菊と理代の二名が、澪の忠告を無視してぶっちぎりで海へ飛び込んだ。
 海の飛沫にオレンジ色の水着が光る。

「日焼け対策はしっかりしておかないとね。」

 そう言いながら友梨は腕に日焼け止めを塗っていく。ここまで様々な場所を巡ってきた所為もあり既に日は傾いてきている。故に日焼けの心配はないと思うのだが…女性の目から見れば、念には念をという事なのだろう。

「…うっ。実は海って苦手なんだよね…泳げないから。」
「そうなのですか?」

 レイの言葉を聞いて、日傘の下で休憩していた棗が思わず聞き返す。

「澪ー!競争しようよー!!」
「理代といえど、手加減はしないからな。」

 視線の先をたどれば、これから遠方まで泳ぎに行こうかと話をしている理代達の姿を確認できる。

「誰か教えてくれないかなぁ…。」

 再び呟くレイに対し、「困りましたね…」と棗が首を傾けた。
 これから泳ぎに挑戦しようかと迷っている彼に、遠くから「海水のんじゃったー!」とか「しょっぱいー!」だの、理代のものと思われる叫び声が聞こえた気もするが、一先ずそれらは聞こえない事にしておいた。

「海といったらスイカ割りだろう!」
「おー!でかした翔!!」

 暫くして翔がスイカをどこからか調達してきた。
 どうやら軍艦島、刀、海…と連想してスイカ割りを思いついたらしい。確かに夏の定番メニューだが、木刀だけは近くに置いてなかったらしく、代わりにビーチでよく見かける空気で膨らませたイルカや剣で代用するつもりらしい。

「砂浜でスイカ割り…確かに居合道部らしいな。」

 と納得した様子で明彦が頷く。
 ただ、イルカで割れるのか?という疑問はあったが、敢えて突っ込まない事にした。

「じゃあ先ずは僕から。この辺かな…っと!」

 言いながら友梨が普段は持たない空気剣を一直線に振り下ろす。

―――ぼふっ。

 彼女の空気剣は少し離れた砂場に音をたててめり込んだ。
 残念ながらハズレである。

「なら次は俺が!!」
「あ、ごめーん!手が滑っちゃった。」

 清流が目を隠そうと布を持ったその時―――何所からか飛来したビーチバレーのボールがスイカに直撃した後、跳ね返って清流の顔面にヒットした。

「うをぉぉー!ひぃめぇぇぇぎぃくぅぅぅ!りぃぃよぉぉぉ!!」

 離れた所でビーチバレーをしていた本人達へ向き直り、とりあえず叫んでいた。
 補足しておくと…当たったボールは空気の塊のような物だ。決して痛くは無い。

「それ、ケツまくって逃げるわよ!!」
「あははは!つかまえてごらんなさ~い!!なんちゃって。」

 奇天烈な台詞を残しながら、砂浜を駆けて往く居合道部の部員達。(※一部)
 もし一般の観光客が海水浴場で、この光景を見たら何事かと言われたに違いない。

「……これが、噂に聞いたキャッキャウフフ?」

 一部始終を見ていた明彦が、少し間を置いた後に何とか言葉を搾り出す。
 絵に描いたような、それでいて青春とも言える光景がそこにはあった。
 ―――と言うか、自分達だった。

「(私にとっては学生最後の夏なんですけどね…。)」

 同じく光景を見ながら、澪が微妙な表情を浮かべる。
 どうやら犬執事と猫冥土の勝負は、次回に持ち越す形となったらしい。余談だが…翔の持ってきたスイカは、空気剣の衝撃に耐え、ビーチバレーのボールが至近距離で直撃しても割れることはなかった。
 最終的には、棗が包丁で丁寧に切り分け、全員でおいしくいただいたらしい。

「ここの海、潜っても大丈夫なのかな…?」

 足が付く程度の深さでレイが翔へと問いかける。チラリと横を見れば、相変わらず澪や理代が泳ぎまくっているわけで、何か人体に悪影響があるという事は無いだろう。少なくとも…海水で人間が溶けたとか、そういった話を翔は聞いたことが無い。

「浮くよね?」
「浮く浮く。」

 念を推すよう、レイは三度口を開く。

「沈まないよね?」
「沈まん沈まん。」

 足の付く場所でどうしたら沈むのだろう。
 一瞬考えはしたものの、手を横に振りながらまっとうな顔で翔は問いに答える。
 それから何度かの押し問答の末…一応、潜ることには成功したようだった。
 そんなやり取りから数十分後―――。

「この貝殻なんて、調子良さそうかな。」

 波打ち際の砂浜を歩いていた友梨は、途中で綺麗な貝殻を拾い上げる。
 どうやら記念に持ち帰るようだった。

「そろそろ、皆さんが帰ってくる頃ですね。」

 因みに…宿禰はと言うと、少し離れた海水浴場で密かに泳ぎの特訓をしていた。最初はおぼつかない泳ぎをしていたものの…徐々に慣れ始め、引き上げる頃にはそれなりに上達したらしい。「少しは泳げるようになったのです」とは彼の弁だ。

 気付けば日はすっかりと傾いてしまっている。
 おそらく宿の方へ戻れば、「夕食の時間です」とアナウンスがある時間帯だろう。
 空腹感を覚えた彼らは、一足先に宿泊場所である民宿へと引き上げていった。


●軍艦島『地獄段』
 ―――時刻は少し遡る。

 カタナ達は島の中央に位置する『地獄段』と呼ばれる、階段部分へと到達していた。
 蛇行しながら島の最高地へと続くこの階段は、建物同士の幅も一定ではなく不規則に並んでおり…まるで出口の無い迷路を彷彿させていた。この先にある分岐点を曲がれば社宅が見え、道なりに進めば端島神社に到達するのだが…。

―――パキン。

「よう、久しぶりだな?」

 一際大きな刀を引き摺るようにして、突如そいつは一行の目前に現れた。
 身の丈は居合道部の者達とさほど変わらず、170~180センチといった処だろうか。
 表情は見えないが…カタナの挨拶に対し、口の端を上げ、不敵な笑みを浮かべる。

「これがずっと話に出ていたゴーストですか…。」
「ずっと…貴方を探していたよ。」

 衣の着方が真逆であり…部の道着のようにも見える装い―――死装束。
 判別は付かないが、手にしている禍々しい日本刀。
 そして…完全なる白の外見。
 全てが事前に聞いていた情報と一致していた。

『シャァァァァ―――――……ッ!!』

 暗く…深淵の底から引き摺り込むかのような呼吸の後、白屍のゴーストは頭上でゆっくりと刀を旋回させる。それは徐々に回転数を上げ…次第に周囲の景色を飲み込んで往く。…おそらくこの場にいる者達は、既に全員が気づいているだろう。
 ―――今、この瞬間だけ別の空間へ放り込まれた事実に。

「どうやら…あちら側の準備は整ったみたいね。」
「それじゃ、あとはぶち倒すだけだね。」

 相手の出方を伺いながら、ゆっくりと洋恵と響は自身の立ち位置を調整する。
 既に全員、詠唱兵器は具現化しており、いつでも仕掛ける事が出来る状態だ。
 双方の間合いがジワジワと縮まっていく。

「さぁ、塵も残さず消えて下さいな…っと!」

 誰よりも素早く動いた千乃が三日月の如き一撃で狙いを定めた。
 しかしその刹那、今まで旋回させていた敵の刀がピタリと止まる。

―――ばぎぃぃぃぃぃんッ!!

 これまで頭上にあった刀を横薙ぎに振るい、相手は威力を相殺する。
 即座に千乃は後方へと下がるものの…次なるゴーストの体勢に目を見開く。

『ヒャーッハッハッハッ!!!』

 奇声を発しながらゴーストが『返しの刃』の体勢から突き技を放ったのだ。
 …いや。突き技と呼ぶのは正確ではないだろう。
 手にした刀を千乃に向かって、一直線に投げつけたのだ。

―――ドオォォォォォォン!!

 後方から放たれた響の雑霊弾にゴーストが体勢を崩す。
 目前まで迫っていた刀は軌道をそらされ、彼方の手前である地面に突き刺さった。数本ほど宙を漂う髪の毛を見て…響の援護が無ければ今の一撃を食らっていたかもしれないと千乃は改めて気を引き締める。

「悪いが…ゆっくりもしていられないのでな!」
「早々に決着をつけさせてもらいます!」

 カタナが式刀を背面に隠すよう構えながら…肩口から一気に振り下ろす。続いて裕理子がこの隙を逃すまいと神刀で的確にゴーストの懐を捉えていく。二人の攻撃に、ゴーストは手傷を負いながらも刀を手元に引き戻しながら一定の距離を取る。

「微力ではありますが…!」

 竜一から繰り出された素早い一撃がゴーストに傷を負わせた。
 ダメージ自体は決して大きくないが、体力や疲労といったものは確実に減っている。
 長期戦となった際には、雌雄を左右する一手となるだろう。

「もしかして何か狙ってる…?」

 敵が更に後方へと下がった事で、響は警戒心を強めた。
 だが…彼女の疑問は直ぐに解決する事となる。

『ルオオオォォォォォ―――………ッ!!』

 ゴーストが真上に向かって口から稲妻のような閃光を放出したのだ。
 そしてそれは、白き刃となって一行の身体へと降り注ぐ。

「ん…この身が続く限り、戦巫女は舞い続けるんだよ!」

 彼方が咄嗟に動けなくなった者達へ舞による癒しを与える。
 それは一陣の風に乗り…仲間達の元へ確かに届いた。

「いくよ、洋恵おねえちゃん!」
「オルオル仕込みのダンスを試させてもらうわ。」

 千乃と洋恵による波状攻撃がゴーストの身体に損傷をもたらす。
 一口にダンスと言っても…洋恵の繰り出すそれはカグヅチによる連戟だ。
 最後の一太刀を出した瞬間、盛大な爆音が辺りに響き渡る。

『ルゥァアアァァァァァァァァァァァァッ!!!』

 反撃とばかりにゴーストは上段に構えた刀を一気に振り下ろす。
 刹那―――巨大な衝撃波とともに閃光のような白き斬撃がほとばしった。

「掠っただけでこの威力ですか…。」
「…くっ。」

 かろうじて回避には成功したものの…竜一は腕、裕理子は足をそれぞれ負傷する。
 もし今の一撃をまともに受けていたら五体満足ではいられなかっただろう。
 撹乱として動き、一箇所に留まっていなかった事が幸運を呼んだと言える。

「鬼さんこちら、手の鳴る方へってね。」

 二人の様子を見て響が敵の注意を引き付けながらヒーリングファンガスをかける。
 囮として動くということは先程の一撃を一人で受ける危険があるということだ。
 彼女のとった行動は、それなりにリスクの高い行為と言えるだろう。

「さて……そろそろ終いだ!!」

 カタナが最大限にまで高めた一撃を空中で身体を捻転させながら振り下ろす。
 御神刀ごとへし折ってしまいそうな斬撃に、一瞬だがゴーストの動きが硬直する。
 きっと本人は依頼で刀を回収することなど忘れているに違いない。

「今こそ、ここで安息の場所へっ!」
「ん…彷徨える魂に終焉を!」
「これで終わりだよ!」

 裕理子・彼方・千乃の計三名による攻撃を受け、ついにゴーストの動きが停止する。
 表情は変わらず不気味な笑みを浮かべているものの…やがてその身は傷口から徐々に周囲の景色に侵食されるよう崩壊していく。そしてついにそれは風にかき消されるよう消滅する。…唯一つ、地に突き刺さった御神刀だけを残して。


●白屍の尖兵
「結局、何だったのかしらね?あのゴーストは。」

 ようやく正常値に治まりつつある呼吸を整えながら洋恵が呟いた。
 残された遺留品から生前の人物像を特定しようと考えてみたものの…既に件のゴーストは消滅しており、残念ながら判断する術は残されていない。だが、実際に剣を交えてみて敵の強さが折り紙つきであることを、まざまざと感じただろう。

「とても…骨の折れる相手でした……。」

 受けた傷を回復してもらいながら竜一が感想を述べる。
 これまでにも黒刀や青刀といった怪異に遭遇したことはあるが、先程戦っていた相手はそのどちらにも該当しない異質な力を持ったゴーストだった。これまでにないタイプの敵を目の当たりにして、竜一は少し考え込む。

「ん…実際に見てみたけど、最後まで正体が分からないゴーストだったね。」
「彼方ちゃんと同じ意見だけど…御神刀の方に異常はないのかな?」

 既に回収して破損状況を確認しているカタナへ千乃は視線を移す。
 今は御神刀も通常の状態に戻っており、先ほど迄の禍々しい気配は感じられない。
 ここへ来る前に清流から見せてもらった写真とも一致しているように見える。

「…今回戦ったヤツは、元能力者だったのかもしれんな。」

 御神刀を刀剣袋に入れながら、カタナが考えを述べた。
 別に…何かしらの根拠がある訳ではなく、ぶっちゃけかなり適当である。今回の件では予報士が関与していないため、正確な敵の情報はそもそも知る事ができない。勿論、これまでの傾向から想像する事は可能だが…それはあくまでも推測の域を出ない。

「でも、結局現れたのは1体だけでしたね?」

 そう言いながら裕理子は敵の気配を探りつつ周囲を見渡す。
 現在は特殊空間も解除されているが、辺りには静寂なる廃墟があるだけだった。
 先ほどのゴーストのような敵意を持った存在は感じられない。

「複数の目撃情報があるのですか…。」

 行きの列車内では『敵戦力不明』としか竜一は聞いていない。
 戦った今だからこそ分かるが…1体だけであの強さだ。
 仮に複数現われたとしたら、迎撃には相応の戦力を揃える必要があるのだろう。
 …だが、今回の敵が倒れたことで、一先ず依頼達成と一行は判断する。

「それじゃ、そろそろ撤収だね。」
「ん…ついでにカナタは、この先にある神社に寄っていこうかな?」

 今回の上陸で軍艦島の様々な風景をデジタルカメラに収めることが出来た響の表情は、とても満足した様子だった。
 彼方の言葉を聞いて、裕理子も何処かへ出掛けようとするが―――。

「…やっぱり駄目ですか?」
「観光組と合流するまでが、お仕事ってね。」

 その考えは洋恵によって遮られる形となった。
 別に…軍艦島が無くなる事はないだろうし、また別の機会に訪れればよいだろう。

「俺はまあ…最後にもう一仕事か。コイツを資料館に届けねーとな。」

 そう言って、カタナは取り戻した御神刀『倶利伽羅之黒龍』を肩に担いだ。
 先程の戦闘で若干傷はついたものの…この際、小さな事は気にしなくてよいだろう。

「んじゃ、宿に戻るとするかね。」

 全ての仕事が片付いた今、もうこの島に用は無い。
 一行は来た道を戻りながら船の発着場へと急ぐことにする。
 帰り道がてら改めて島の風景を楽しんだ一行は、ゆっくりと帰路についた。

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【2009年度・卒業旅行/観光&軍艦島編(上)】

●ロード・オブ・ザ・長崎 ~二つの車~
 長崎に到着した一行は、ここで改めて二つのグループに分かれる事になる。
 一つは軍艦島へと渡るためにツアーへ参加する組―――。
 そして…もう一つは、長崎~対馬の観光名所を巡る組だ。
 今回は清流の考えた流れに沿う形で、県内の平和公園から周る予定らしい。

「それじゃ、俺達もそろそろ出発しないとな。」

 軍艦島へ向かった者達の荷物を車のトランクに積みながら翔が言った。
 既に列車内で睡眠を十分取った所為か、先ほどまでの眠たい様子は見受けられない。

「私は豊砲台跡地に行ってみたいですね。あと、神社巡りも…。」

 日傘を畳みながら、棗はこれから向かう場所に思いを馳せる。鞄から頭を出しているパンフレットには、主に長崎の観光情報が記載されているようで、たまたま駅構内で入手することが出来たらしい。

「資料館にも行きたいな。御神刀事件♪御神刀事件♪」

 レイの言う場所は『御神刀事件』の発端となった場所で、ゴーストハンター派遣事務所の所員達が、今まさに抱えている案件だ。ツアーに参加した者達は、きっと今頃軍艦島に上陸しているに違いない。
 …と言うか、レイは仮にも世界を飛び回る歌手である。こんな所で旅行に出ていると、フライデーに激写とかされないのだろうか?まあ、たぶん大丈夫なのだろうが…。

「地図を読むのは得意だし、ちゃんと流星号のナビするから安心して!」
「先頭はランクルを希望するぞ。見失わなければ何とかなる!…多分。」

 助手席で言い放った理代の言動に対し「本当か?」と一抹の不安を感じるのは清流だけではないだろう。念のため姫菊達を先導させ、保険をかける事にしたらしい。
 余談だが…清流のミニクーパーに比べ、姫菊のランクルは一回り大きい。と言う事は、そもそも馬力自体が違うわけで、おいてきぼりを食らう可能性が無いとは言えない。

「とりあえず携帯は…三神のでいいか。適当な位置に置いておくようにな?」

 手馴れた操作で携帯電話を操作しながら、翔がスピーカーモードへと切り替える。
 バッテリーが微妙に心配ではあるが…これだけで別々の車に乗っていてもお互い会話が出来ることだし由とするべきだろう。

「…いいんですが、流星号ってすっかり定着しましたよね。」

 流星号の後部座席に身を寄せながら、友梨は出発前に感想を漏らした。見ればコックピットの中央部分にあるポケットに清流の携帯電話が収められており、そこから姫菊達の話し声らしきものが聞こえてくる。

「好きに寛いじゃってねー。」

 バックミラーを覗き込みながら姫菊はゆっくりとエンジンをふかす。
 どうやら…ランクルの調子は今日も良好らしい。
 少しずつハンドルを切りながらアクセルを踏み込み、車を発車させた。

「飲み物は持ってきたので、欲しくなったら何時でも言ってくれ。」

 流星号に乗っているであろう明彦から、電話越しに声が聞こえてくる。

「改めて感じますが、便利な世の中になったものですね。」

 そんな携帯電話でのやり取りを見ながら、宿禰が感想を述べた。
 ランクルの方は翔の携帯電話がサイドブレーキの辺りに固定されているらしい。

「どうやら経路の心配はしなくて良さそうですね。」

 フェリー絡みで心配事のあった澪が静かに自分の携帯電話を閉じる。
 通話先の相手はカタナだが、意外にも「普通にあるぜ?」との返答だった。
 単純に探し方が悪かったのだろうか。

「誰かCDかMD持ってない?無ければラジオ流すけど。」

 ハンドルを握りながら、姫菊がもう片方の手で中央のボタンを適当に操作する。

『…ジン、ジン、ジンギスカーン―――ッ!』

 たまたまラジオモードに切り替わったところで、聞いた事のある懐かしいナンバーがスピーカーから流れてくる。曲の途中で他のメンツから差出されたCDを受け取った姫菊は、問答無用でそれをディスクトレイへとセットした。

「何故、長崎まで来てこの曲ですか。」
「この曲ってサビ以外歌えない人多いよねー。」

 友梨の呟きに対し、レイがもっともな意見を口にした。

「…って、姫菊さん危険ー!?」

 信号が青になった直後、急発進したランクルに宿禰が驚きの声を上げた。きっとランクルは『Runner Cooly』の略に違いないと勝手に解釈しながら、付近に宿禰の声が響いては消えていく。

「さらばだ三神…お前達のことは忘れない!」

 後方に続く流星号に「グッドラック」と手を振った後、妙に格好良い台詞を残しながら翔が渋く決めていた。彼が流星号の助手席を見ていたのなら、理代がビシッと敬礼している様子を確認することが出来ただろう。

「だー!置いていかれると道が分からんわー!!」
「ちょ…っ!それってどうゆうこと!?」

 随分と距離が開いてしまった所で、携帯電話から清流と理代の声が聞こえてきた。
 因みに…長崎市内の道路はそれほど混雑していなかったが、途中で何度か信号に捉まったこともあり、目的地へ着く時間も数分程度しか変わらなかった事を補足しておく。


●64年前からのメッセージ
 長崎と言えば…過去に起こった世界大戦を連想する者は多いだろう。時間を遡ればたかだか64年前のことではあるが、地上を3000度の大熱波と衝撃波が襲い、全てを飲み込んだという事象は残念ながら現実に起こってしまった出来事だ。
 そして今―――その場所に彼らは立っている。

「広島の原爆ドームには以前も来た事があったけど…。」
「…俺、この時代に生まれてきて本当に良かった。」

 公園にある平和記念像やシンボリックとも言える原爆ドーム、また資料館などを一通り巡った訳だが…彼らのテンションは一様に低くなっていた。社会見学と言えば聞こえは良いが、日頃からゴーストとの戦いで様々な物を見ている彼らでさえ、口から紡ぎ出される言葉は如実に少なくなっている。

「…平和だな。」

 園内で一足先に休憩していた明彦がポツリと呟いた。
 足元に寄ってきた鳩に餌をやりながら、遊ぶ人の群れを何気なく眺める。今、ここにはゴーストも犯罪者も…そして原爆すら無い。シルバーレインによる影響はあるかもしれないが、少なくとも一時の穏やかな日常がここにはある。

「う~ん…色々と考えちゃうよね?」
「生きていない時代のことを知る事が出来るのは素晴らしい事だと思う。」

 続いて理代と澪が、やや真剣な面持ちで感想を述べた。
 居合道部の者で原爆を体験した者など居る筈もない。
 きっと彼女達の親の世代でさえ怪しいだろう。
 だが…それ故に過去を知り、後世へと伝え残す事が重要だと澪は考える。

「僕も同意見。でも、しんみりし過ぎるのも宜しくないかな?」

 資料館にて終始、眉間に皺を寄せていた友梨も今は普段の表情と変わらない。
 彼女もまた…レイと同じくかつて長崎に来た事がある者の一人だ。
 何度見ても慣れることは無いが、少なくとも今回は晴れてよかったと思う。

「ま、弔いの気持ちは忘れない様にしたいもんだ。」

 公園内の石碑や千羽鶴を見ていた翔が飄々とした口調で締めくくった。
 一見、軽々しい口調のように聞こえるが…それは能力者としてのサガがそうさせるのであって、内面的には複雑な心境らしい。

(沢山の命が奪われた場所。安らかな眠りが訪れますように。)

 最後に平和記念像に向かって姫菊達は挨拶をし、その場を後にする。過去を振り返り、学ぶことは重要だが、未来へと続く道を進むことも大切なのだから。
 広島市内での観光を終えた一行は、とりあえず繁華街で昼飯を取ることにする。平和記念公園で少し沈んでしまった気分を一新するには丁度良いだろう。

「お昼ー!!美味しいもの沢山食べるよ!」
「んー!美味しい~!!」

 長崎ちゃんぽんや皿うどんに始まり…角煮まん等、大小様々なご当地料理が目の前に運ばれてくる。これまで移動の連続だったという事もあり、空腹感は並大抵のものではなかったらしい。姫菊・理代が順調に料理をお腹の中へ収めていく。

「旅行は元気が一番です。」

 次々と消費される彼女達の料理皿を見て、棗が納得した様子で頷いた。
 …敢えてストレートに言うならば、そう―――彼女達はとても燃費が悪い。
 一足先に昼飯を終えた者達はと言うと、こぞって土産物の物色を始める。

「長崎といえば、勿論カステラでしょう!美味いですよね。」

 友梨が勧めた土産品は、やはり人気があるようで何人かが既に購入を決めていた。
 余談だが…カステラというのは製造の工程で、形を整えるため四隅を切り揃える。店にもよるが、この時に出た切れ端はタダで貰えたりするので、気になった者は実際に試してみるといいだろう。

「…この料理、帰ったら作ってみようかな?」

 明彦は美味しそうな食べ物をメモしながら目に付いたキーホルダーを一つ手に取った。 どうやら…食べさせたい相手が彼にはいるらしい。

 こうして、沢山の土産を買い込んだ彼らはフェリー発着場へと向かう事になる。
 なお、最初は姫菊の運転に驚いていた宿禰だったが、最終的には悟りを開いたかの如く平然とナビを越なしていた。彼の適応力は比較的、高いらしい。


●忘れられし海上廃墟
 一方その頃…。
 観光名所に行かなかった者達はと言うと、ある島の上陸に成功していた。

 長崎県端島―――通称・軍艦島。

 かつて炭鉱の街として栄え、一つの時代を築き上げた場所である。
 勿論、現在人が生活している事は無い。ただ朽ちて…自然へと還るだけの運命であったこの島も、最近は世界遺産国内暫定リストに登録され一般公開を始めている。また、近年の『廃墟ブーム』も重なって、島の名前を知っている者は多いだろう。そんな不毛な地に…カタナ・千乃・洋恵・響・裕理子・彼方・竜一の合計7名は立っていた。

「此処が軍艦島…普通のゴーストタウンとは趣が違うね?」

 あちこちに瓦礫の残骸が点在する島の景観を見て、彼方はふと正直な感想を漏らす。
 きっと来る途中に見た、島のシルエットをも思い返しての発言に違いない。集合団地や学校のゴーストタウンは、これまでいくつか発見されているが、この軍艦島はそれらが全て一箇所に集まって空間を構築している。

「よく上から硝子飛んでくるらしいから注意だね。」

 密集して並ぶ住宅棟を仰ぎ見た後、デジタルカメラを構えながら響が警告した。
 前もって調べていた情報によると…島の周囲は約1200メートルと言われており、一時期は5300もの人がこの土地で生活を営んでいたらしい。今の荒廃たる風景からはとても想像出来ないだろう。

「高所で戦闘になったら足場も悪そうですね…。」

 響の発言を受けて、遥か上方を見上げていた竜一が呟く。島でコンクリート製の建造物は今も形を残しているものの、それらはいつ崩壊するか全く読み取ることが出来ない。戦場は選ぶ必要があるかもしれないだろう。

「それで、これからどうするのかしら。」
「軍艦島と言っても広いから、まずは探し歩くのかな?」

 ツアーで一般公開が始まったとは言え、殆どの部分は自由に立ち入る事が出来ない。
 現在は上陸した『ドルフィン桟橋』と呼ばれる付近にいる訳だが、ゴーストを探すのであれば、何らかの形でツアーの群れから抜けなければならないだろう。

「まあ、そうなんだが…とりあえず分布図を見せてくれ。」
「はい、どうぞ。」
「ん、どうぞなんだよ~。」

 二人から島の分布図を受け取ったカタナは何やら考え込む。
 島には住宅棟や鉱業所関連施設以外にも様々な施設が点在している。また、狭い面積を最大限に活用しようという考えがあったため、地下施設も充実していたという。島自体の面積はそれほどでもないが、一つずつ調べていては埒があかないだろう。

「一先ずさ、姿を隠した方がいいよね?」
「じゃ、今のうちにあたしは闇纏いを使っておこうかしら。」

 響の提案はもっともだった。
 今回の上陸作戦で闇纏いを扱える者が、数人集まったのは幸いだったかもしれない。
 今は適当に楽しむフリをして、後に一人ずつ最後尾から抜けていけばいいだろう。

「―――ふむ、ここだな。」

 今まで分布図を見ていたカタナが、ある施設の一点を指差した。

「…30号棟……グラバーハウス??」
「ツアーとは逆方向になるかしら。随分とまあ、辺鄙な場所ね。」

 千乃と洋恵が分布図を見ながら場所を確認する。
 どうやら…最後に目撃情報のあったポイントが、その住宅棟になるらしい。

「これは団地跡の一つのようですね。ここは今も残っているんですか?」
「えっと…保存状態は良いと聞いたことがあるので、たぶん大丈夫かと。」

 予め軍艦島を調べていた裕理子が、詳しそうな口調で竜一へと語る。
 ともあれ何かしらのアテがない以上、一先ずそこで調査をする必要があるだろう。

「それでは、早速いきましょうかっ。」

 目的地が決まった途端、やけに目の奥を輝かせながら裕理子が先陣をきった。
 それから1人…また1人と居合道部の者達はツアーの列から抜けていく。最後尾にいた筈の彼らが、いつの間にか消えている事実に、一般の参加者達は誰も気付かなかった。


●軍艦島アンダーグラウンド
「で、カタナよ。何か弁明があるなら今のうちに聞くわ。」

 腕を組みながら恨むような口調で話す洋恵に、当の本人は投げ槍に答える。

「何か面倒になってきたな…帰るか?」
「諦めるの早っ!?」

 グラバーハウスを目指して進んでいた一行ではあったが…今、彼らの目の前には、大量の土砂や廃材が積み重なっており、既に道らしきものは無くなっている。強引に進んでも良いのだが、その先にある壁を素手で登る訳にもいかないだろう。

「こっから先は、別の道探すしかなさそうだねぇ。」
「そうですね…しかし上手く見つかるでしょうか?」

 竜一が分布図を覗き込む傍らで、響がその様子をカメラに収めた。
 ここまで来る間に何度か撮影しているため、それなりの枚数になっている筈である。

「迂回ルートは…ちょっと厳しいかもしれません。」

 やや遠慮がちに横から裕理子が答えた。行きの列車内で彼方と軍艦島の相談をしていたこともあり、各施設の配置は大よそ頭の中に入っているらしい。彼女曰く…来た道を引き返し、老朽化の進む『人道トンネル』を使って地下から潜入するしかないようだ。

「ん…でも、さっきから妙な気配を感じるのは事実だね?」

 来た道を引き返しながら、彼方はこれまでずっと感じていた違和感を口にする。

「あ、気のせいじゃなかったんだ。誰かに見られているような…変な感じだよね。」

 どうやら千乃も同じ意見らしい。
 しかしながら周囲を見る限り、不審な点は見つける事が出来ない。

「私には特別変わった気配は感じませんが…。」

 と語るのは竜一である。
 気配は感じないものの、彼女達の発言を受け少し警戒の度合いを強める。

「案外、さっきのツアー客の中にゴーストが混ざっていたりしてね?」
「その発想は無かったな。…っと、観光組からの着信か。」

 唐突に掛かってきた着信にカタナは携帯電話を開く。
 ゴーストが近くにいる場合、通常であれば電子機器の類は使えなくなる筈である。
 それが出来るという事は、少なくともまだ近くにはいないという事だが…。

「でも洋恵さんの仮説が正しかったら、それはそれでミステリーっぽいねぇ。」

 響の感想に裕理子が「どうして?」と不思議な表情を浮かべる。

「ん…普通に考えると、船上か島に着いた時点で戦うことになるんだよ。」

 変わりに応えた彼方の解は実に簡潔なものだった。
 ゴーストの行動や目的は、生前の思いによる影響が強く反映されるケースが多い。しかしながら、時と場所を選ばないことも事実で、もし参加者の中にゴーストがいたのであれば一般人も巻き込んで仕掛けてくる方が、習性としては自然なのである。

「ま、可能性の一つだけど…っと!」

 人道トンネル内の崩壊した障害物を避けながら洋恵が答えた。
 内部はとても暗く、うっかりすると転倒しかねない。携帯電話のライトは使っているものの…心許ないというのが正直な感想である。偶に壊れた蛍光灯がポツンと放置されていたりするが、その数は非常に少なく、使われていた当時から暗かった雰囲気が伺える。

「…ふう。ああ、島で感じた気配だがな―――」

 ようやく通話が終了した様子のカタナが携帯電話をライトモードに切り替えながら、この軍艦島ミステリーに新たな説を追加しようとしていた。
 歴史を調べた者は分かるが…この島は過去に何度も事故を起こしている。今回は探索の対象外だが、他にも点在している施設やアンダーグラウンドに詠唱銀を振り掛ければ、『何か』が出てくる可能性はあるかもしれないと告げる。

「…つまり、千乃達が感じたのは残留思念+αと言いたいわけね?」
「う~ん…そうなると島の気配は、件のゴーストと別問題って事になるかぁ~…」
「あり得ない話では無いですが、それはそれで危険ですね。」

 洋恵の補足に対して千乃と竜一が揃って眉間に皺を寄せた。
 …かつてこの島には、地下1000mを超える竪坑が合計4つあったらしい。
 歴史の上では水没したと伝えられており、該当する箇所も現在閉鎖され入口の残骸が僅かに残っている程度である。だが、もし何処かで道が残り繋がっているのならば…今も暗闇の支配する世界が口を開けて待っているのかもしれない。

「なんにせよ、この島にはまだまだ謎が多そうですね…。」
「ん、それはそうと…分布図の通りならこの辺りなんだよ?」

 気付けば携帯電話のライトを使わずとも、互いの顔を視認出来る。
 予想通り…出口付近も崩壊と老朽化による影響で大量の廃材が散乱していたが、人一人が外へ出る分には支障が無かった。時間にすると僅か数十分間の出来事ではあるが、こうしてアンダーグランド・ツアーは終了した。

「ここがグラバーハウス……。」

 既に廃墟と化した30号棟の内部、光庭から裕理子は頭上を仰ぎ見る。
 中央部分は吹き抜け構造となっているらしく、当時は無かったであろう苔や植物が内部にまで群生し始めていた。光が差し込めば、さぞ幻想的な空間を演出してくれるであろう事は想像に難くない。

「う~ん…やっぱり何も視えないみたいだね。」

 断末魔の瞳を使ったであろう響が結果を報告した。
 現時点では被害者などは出ていないため、大した情報は得られないという事だろう。

「どうやらこの建物は7階建て…って所かしら?」
「ああ。だが、ゴーストの気配は感じねーなぁ…。」

 慎重に階段を登りながら、洋恵とカタナは周囲の気配を伺う。
 正確に言えば…この建造物は4階建てであったらしい。だが人口の増加に伴い、後に7階へと手が加えられたと記録には残されている。世界最大の人口密度を誇った時代とは、こんな所にも影響を及ぼしていたようだ。

「最後の階も異常は無さそうですね…居ないのでしょうか?」
「ん、竜一さん。あそこの階段から屋上へと出られるみたいだね。」

 実際に歩いてみて分かったが…このグラバーハウスは、それほど広くない。また、剥き出しになったコンクリートの壁を見れば分かるが、所々大きな亀裂が走っており損傷具合も激しい。自ずと調査出来る箇所は限られてくるというのが現状だ。

「…あれ?今、向こうの方で何か動いたような気がするのだけれど…。」

 敵の不意を付ければと思い、周囲を見渡していた千乃が何かを見たらしい。
 上陸時に一緒だったツアー参加者は、今頃、真逆の方面にある『端島小中学校』の跡地辺りを見学している筈で、一般人の可能性は低いと言えるだろう。

「ふむ…16号棟の方角か?まあ、行ってみれば分かるさ。」

 島に詳しい裕理子と彼方がナビを務めながら一行は更にその先へと足を踏み入れる。
 鬼が出るか、邪が出るか―――それは誰にも分からない。
 だが、目撃情報のあったグラバーハウスでの収穫はこのような感じだった。

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【2009年度・卒業旅行/移動編】

●MISSION START!
 鎌倉市から江ノ島電鉄を利用し、更に小田原駅まで乗り継ぐこと数十分。
 高速かつ短時間で距離を移動する事に適した新幹線へと乗換えることが出来る。住んでいる場所にもよるが…鎌倉に点在する学園に通う者であれば、大抵は小田原で乗車する形となるだろう。そしてそれは…これから九州地方へと向う『銀誓館学園・居合道部』の者達とて例外ではなかった。

 目的地の名前は―――長崎県・対馬諸島。

 駅のプラットフォームで一同に介した居合道部の部員達は、目的地へ運んでくれるであろう列車へと乗り込み、それぞれ適当な席に腰を下ろしてゆく。勿論、列車内は冷房が効いており、前年度に比べたら遥かに快適なくつろぎ空間があったのだが…。

「ん…何故だか視線を感じるんだよ。」

 今回は集合場所が駅内だった上に、礎彼方(刃金の戦巫女・b46121)の準備も万全だったため、前年度のように暑さが原因で倒れてしまう事態にはならなかった。が、しかし…巫女服こそ避けたものの、着物姿というのもそれなりに目立つらしく、通り過ぎた人が思わず振り返る気配を彼方は感じていた。

「これで三度目の皆さんとの旅行…卒業後も参加出来て嬉しい限りですよ。」

 一方で九櫛宿禰(十六夜白光・b03017)は、皆の顔ぶれを見渡し感想を述べる。
 例年この時期、居合道部は夏季合宿を行っているわけだが…今回は諸事情で表向きは卒業旅行という形をとっている。集まった人数も17名とこれまでで一番多く、それなりに楽しみにしていた雰囲気が伺える。

「あたしは正式に居合道部で大がかりな旅行に出るのは初めてね。」

 一応、こないだ秘境探検は行ったけど、と付け加えながら高瀬洋恵(ボーディサットヴァ・b05079)が口を挟んだ。
 部の何人かとは以前から交流があったものの…彼女自身が道場や事務所へ顔を出すようになったのは今年に入ってからである。今回は名目上、旅行になっていることだし気軽に楽しむと良いだろう。

「私は九州が初めてなので楽しみです。」

 どうやら如月棗(焔超克・b17829)は、対馬諸島にある神社に興味を持ったらしい。
 古の時代から現代へと続く過程は、時として白い霧のように立ち込め四方を遮る。かつてこの地で何があったのか―――それは死ぬほど退屈な平凡かもしれないし…或いは怪異かもしれない。人は総称してそれらを『浪漫』と呼び、時に感情を強く惹きつける。
 彼女の場合もまた…例外ではないようだった。

「今回は練習無いしね~!今からわくわくするよー!!」

 棗の方を向きながら、月村理代(翠天剣士・b03267)が言葉を重ねた。
 どうやら彼女は合宿でない事を利用し、最大限に楽しむつもりらしい。
 先に断っておくが…決して『練習が無い』訳ではない。『練習しない』だけである。

「ん、今回は竜一さんも参加なんだね?」
「ええ。みなさんとこうして出掛けるのは初めてですし、楽しませて貰います。」

 いつの間にか窓際の席を陣取っていた柏木竜一(高校生魔剣士・bn0085)に彼方は声を掛けた。毎年、夏になると山籠もりを始める彼にしては、今この場にいる光景こそ珍しいと言える。おそらく、1~2日ぐらいなら問題無いと判断したのだろう。

「普段引き篭もってるからねー。折角だから僕も楽しめるだけ楽しむつもり。」

 日頃から缶詰状態であるという桐真響(アゲート・b56476)も同じ意見のようだ。
 事実…今回は卒業旅行と割り切っている者が多いように思える。出発前、何人かと話をしてみたが、車で遊びに行く者はいても進んで鍛錬をしようという者は殆どいなかった。もっとも、それはゴーストとの戦いが控えている所為でもあるのだろうが…。

「はい、旅先でのお裾分けです。」

 唐突に風宮裕理子(黒獅紅華・b29700)から全員に対し、飴やら金平糖の差し入れが手渡された。どうやら彼女は今回の旅行を迎えるにあたり、様々な準備をしてきたらしい。 飴玉が無事に全員へ行き渡った事を確認した彼女は、カバンから取り出した紙束のようなものを真剣な面持ちで読み始めた。


●日常の中の定番
「それにしても刀を盗んだゴーストかぁ…。」

 少し前から時間潰しの目的で始まったカードゲームに参加しつつ、不意に百瀬千乃(春暁・b00447)が呟いた。それから彼女は、手に持った数枚のカードをじっと見つめ、出すべき手札を考える。

「ゴースト…ですか?」
「あ、しまった。そう言えば竜一には話してなかった気がするぞ。」

 三神清流(ヤドリギ使い・b02342)が、うっかりした表情を浮かべる一方で、竜一は少し驚いた様相で事を確認する。彼から見れば…『御神刀事件』の事は噂で知っていても、ゴーストに関する情報までは行き届いていなかったのだろう。
 竜一が事件のあらましを確認している間、千乃は手元へ手札を1枚引き寄せた。

「刀の謂れとか…何度も調べに来た人っていなかったのかなぁ…?」

 盗難にあったという御神刀の銘『倶利伽羅之黒龍』を聞いて、不動明王の秘剣を連想したのは千乃だけではないだろう。以前からゴーストハンター派遣事務所に出入りしていた者達でさえ、実物を見た者は殆どいない。基本的には報告書や写真からの情報である。
 唯一、見た可能性のある者はと言うと―――。

「ぶっちゃけ、知らねー。」
「ちょいとカタナ。そんなだと困るじゃない!」

 適当な手札を乱雑に出しながら答えた桐生カタナ(修羅龍眼・b04195)に対して、千乃が思わず「えぇー」と声を上げる。ようやく自分のターンが周って来た洋恵に至っては、『Reverse』と書かれたカードをピシャリ!と勢いよく出しながら不満な様子を表した。

「聞く限りそういったヤツは居なかったが…管理があってないようなモンだしな。」
「そもそも抜けがあるかもしれない、と言う事ですね。」

 これまで守森姫菊(橙黄の延齢客・b20196)達の席で、雑談をしていた片崎澪(白星紅風・b05292)が、彼の言葉を補足する。
 因みに…彼女はと言うと、カードゲーム自体に参加していないため、後ろから参加者達の手札を覗く格好となっている。中央には捨てられたカードが山のように積まれており、近いうちに決着が付くであろう事を予想させた。

「それに例の刀は出所不明のようなので、正確な所は分かりませんね。」
「なるほど…そういう事でしたか。」

 大方、今目にしている謂れなども後から付けられたものだろうと澪が説明する。
 竜一の方は、ここまで聞いてようやく事態を把握したようだった。

「出せる物が無い…一枚貰おうかな。」

 そう言いながら、自身の番になった久我屋明彦(アズラクバハルの狼・b54539)が手札の補充へと手を延ばす。だが、実際のところ…本当に手札が無いかどうかは果てしなく怪しいだろう。なぜなら所持しているカードは本人達にしか分からないため、攻撃態勢を整えている可能性も捨てきれないからだ。

「ここで俺のターン!こいつで決めるぞ!!」

 そんな作戦とは無縁そうな清流が勢いよく『DrawTwo』と書かれたカードを取り出す。
 いわゆる…次の者へ二枚カードを強制的に取らせる攻撃の手札だ。
 順当に行けば、次はレイヤン(余音繞梁・b11470)のターンなるのだが―――。

「じゃあ私はこれでー。」
「フフン、余裕よ。」
「甘いわ、子分。あと『ウノ』って言ってないからその分追加ね。」
「んー。まあ、適当でいいか。」
「ええっと…じゃあ、これを出しておくね~。」
「さっき補充しておいて良かった…。」

 色とりどりの『DrawTwo』『WildDrawFour』と記されたカードが一斉に投げられ、中央付近に積まれていた補充の為のカードが、何故か今は清流の手元にあった。

「なんじゃこりゃー!!」

 結果として…合計30枚近い反撃とペナルティを食らう形となった清流は、静かに戦線から取り残されていく事となる。早い話が自滅だろう。

「だから言ったじゃないですか!」

 金魚柄のキャップに男物の軽装に身を包んだ月宮友梨(ハートの巫医・b00504)が、その様子を見て横からツッコミを入れ、棗に至っては「あらまあ」と困ったような…それでいてそうでない微妙な感想を漏らしていた。

「ん…結局、御神刀のゴーストは強さも未知数だし…気を付けないとかな?」

 カードゲームが一段落した所で、彼方は無難な意見を言いながら、近くにいた裕理子の見ている紙の束を視界の端に収める。

「えっと…今回は観光が無理みたいだから…。」

 やや気恥ずかしそうに俯く彼女に、彼方の方も用意してきた閉鎖前の地図を見せる。
どうやら来るべきゴーストとの戦いに備えて、島の分布図をと考えた者は一人ではなかったらしい。予想外の展開にお互い驚きつつも、その後は集めた情報を交換し始める。
 今のうちに、特異点をリストアップしておくのも悪くはないだろう。

「てか、長崎までって結構遠いねぇ。」

 騒がしい列車内の様子を見ながら、響は窓へと視線を移す。相変わらず外は目まぐるしい勢いで景色が流れているようで、いかに高速な移動を誇る新幹線と言えど…長崎までは時間が掛かるらしい。

「ぐぉー。」

 彼女の小さなぼやきに対して、立風翔(風吹き烏・b02208)がイビキで返答した。
 …そう。現在、翔は爆睡中である。リクライニングシートまで倒している所を見ると…目的地までガッツリ寝るつもりらしい。まあ時間の潰し方は人それぞれだし、今のうちに栄気を養っておくのも良いだろう。

 余談だが―――翔が目を覚ましたのは目的地に丁度到着した頃になる。
 彼が寝ている間に、かっぱえびせんを鼻に詰められそうになったり、誰かさんがカードゲームで十戦十敗という奇跡の連敗記録を成し遂げることになるのだが…それはまた別の話である。

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2008年度・夏季合宿(宿泊編/下)

宿泊編その2だな、これでラストだ。
部の方でも報告したし、ようやく肩の荷が下りた感じだ。(笑)

↓は執筆の感想。


◆火曜サスペンス寸劇(上~下)◆
最初は刑事・犯人・被害者しか配役がいなかったので、それが一番のネックだった。
…いや。刑事オンリーの火サスって、イマイチ記憶になくてなー。(汗)
因みに…これを書くにあたって、以下の物は大いに役立った。
・木曜ベタペンス劇場(※分からなければYou Tubeなどで検索するべし)
・名探偵の掟(著:東野圭吾)
・33分探偵(ドラマより)

◆イート・ザ・ミート◆
『晩飯』のワンシーンだな。
既にフードファイトは恒例行事となりつつあるが、
果たして勝負が付く日は来るのか…少し気になったっけか。

◆夕食後の一コマ◆
最初に断っておくと…ここは、友梨・彼方へのフォローになっている。
…と言うのも、俺は常に発言数を確認し、なるべく均等になるよう執筆している。
(彼方については、行動時間すら違うので仕方ないと言えば仕方ないのだが…)
で。ここまでで友梨と彼方の発言数や鍛錬内容が
他と比べて少なかったので、こちらの場面で補足させてもらった次第だな。

◆露天風呂“正の湯”◆
ここは…一番まいったのは、女子風呂の方だ。
いや、理由は分かっている。会話内容が微妙すぎるからだ。(笑)
こういった恋話や女子同士の会話ってのは、どうも上手くイメージ出来ん。(汗)
ま、次からは気をつけるか…。(遠い目)

◆枕を狩るモノたち◆
ここは、枕投げに終始してるので執筆は楽だったな。
注意したのは、枕投げへの参加を表明していない者もいたので、
その組分けぐらいだろうか。
因みに…ここで登場していない者は、次の項目で出るよう配慮してある。

◆見上げた成層圏、その手は星に届きそうで◆
最後の夜ではあるが…ここは一弥へのフォローが少し入っている。
理由も先ほどと同様で、発言数が少なかったからだな。
…決して少ない訳ではないんだが…火サス組がダントツで多くなったので、
他と一緒に帳尻を合わせる作業が入る事になったんだよな…(遠い目)

◆思い出はいつまでも◆
集合写真は俺も考えていたが、宿禰も同じ事を考えていたようだな。(笑)
出発前は特にイベントのようなものも無いので、こんな感じに。

◆題名無きエピローグ◆
これは…部の方では公開していない。
…と言うのも、理由は3つある。
・殆ど今回の事件の補足説明であるため
・発言数が少ない者をメインにしているため、登場人物が偏るため
・そもそもプレイング(予定)には無いため

こんな感じだが…場面としては、帰省中の船上での会話がメインだ。
まあ…気が向いたら、此方でこっそりと公開するかもしれん。(何)


(※宿泊編・下は追記の方に)

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